フランス映画『ブラッディ・ミルク』(セザール賞最優秀作品賞)のあらすじと舞台裏エピソード

放牧されている牛

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80年代中盤から90年代初頭にかけてヨーロッパをパニックに陥れた「BSE問題」をご存知でしょうか。

フランス語ではESB(Encéphalopathie Spongiforme Bovine)、またの名を牛海綿状脳症、俗に「狂牛病」(フランス語ではLa crise de la vache folle)と言われていました。

本来、牧草用の肥料として使われていた「肉骨粉」を、牛などの家畜の餌に混ぜていたのが原因で、イギリスで発見された乳牛や食用牛を中心に流行った感染病です。

イギリスの家畜用の餌を輸入していた関係から、フランスでも大きく広まりました。

今回は、そんな当時の酪農家たちの様子を描いた2017年の映画『ブラッディ・ミルク(原題:Petit Paysan)』の受賞歴、あらすじと舞台裏話をご紹介します。

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映画『ブラッディ・ミルク』の受賞歴

こんにちは!映画の中で人が亡くなっても大丈夫なのに、動物が亡くなると号泣してしまうカタクリです。

そんな動物好きには切なくなる映画『ブラッディ・ミルク(原題:Petit Paysan)』。

 

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↑映画『ブラッディ・ミルク』のポスター

監督のユベール・シャルエルHubert Charuel)曰く「ほのぼの・コメディー・サイコスリラー」(!?)とのことです。

酪農家だったご両親の元に生まれ育ったシャルエル監督は、自身初の長編映画であるこの作品で2018年のセザール賞で最優秀作品賞を受賞しました。

さらに主人公のピエール(Pierre)を演じたスワン・アルローSwann Arlaud)が最優秀主演男優、そして妹のサラ(Pascale)のサラ・ジロドーSara Giraudeau)が助演女優賞を受賞しています。

『カンヌ国際映画祭』監督週間でも特別上映され、日本でも2018年のフランス映画祭で上映されました。

映画『ブラッディ・ミルク』のあらすじ|ドキュメンタリー調に酪農家の苦悩を描写

両親から受け継いだ農場を営むピエールは、30代の独身で酪農業一筋に働いてきました。

引退した両親からのアドバイスや獣医で妹のパスカルの協力も得ながら、小規模ながらも自分一人の手で牛たちの世話をしていた平和な日々。

そんなある日、フランス北部の酪農園から謎の伝染病が見つかったとニュースで耳にしたピエールは、自分の牛たちは大丈夫だろうかと不安が募って行きました。

妊娠していた牛が無事に出産し、その可愛らしい子牛を見て喜んでいたビエールですが、出産後の母牛の様子がおかしいことに気がつきます。

座り込み立つことのできなくなった母牛を「大丈夫だ」となだめながらさすっていると、母牛の背中のあたりから血が滲んできました。

ピエールはネットで牛の症状の情報を探していると、まさに謎の伝染病の症状と一致していました。

同じように一頭の牛から同じ症状が見つかり、全頭殺処分しなければならなくなった酪農家の動画を見つけたことから、他の牛たちを守るためにもピエールは家族や友達にも内緒である行動に出るのでした。

映画『ブラッディ・ミルク』がもっと面白くなる裏話

話自体はフィクションですが、実際にフランス各地の酪農家で起こったであろうこの事件を、まさに「ほのぼの・コメディー・サイコスリラー」で描いた映画『ブラッディ・ミルク』。

ここでは、本編がもっと面白くなる裏話を2つご紹介します。

シャルエル監督のご両親全面協力

最初の方で触れたように、シャルエル監督のご両親はフランス東部に位置するドロワという村で酪農業をしていました。

シャルエル監督は一人っ子ということもあり、家業を受け継ぐことを期待され獣医の資格を取得しました。

しかし映画への情熱が忘れられず、家族の反対を押し切ってフランソワ・オゾン(François Ozon)監督も在籍していたことで有名なラ・フェミスへ入学し2011年に卒業をしています。

ラ・フェミス(La Fémis:École nationale supérieure des métiers de l'image et du son)は、フランスのパリにある映像芸術を専門とするグランゼコールです。

フランス国立映像音響芸術学院とも言われます。

もしも自分が親の跡を継いでいたら・・・」という思いで『ブラッディ・ミルク』の主人公、ピエールを描いたそうです。

現在では酪農業を定年したご両親はシャルエル監督を全面的に応援しているそうで、本編にもピエールのご両親役として出演しています。

都心の芸術家一家に生まれ育ったスワン・アルローが演じた「田舎者(Petit Paysan)」

素朴で真面目な主人公ピエールを演じたスワンは、曽祖父母から舞台関連の仕事をしている生粋の芸術家一家に育ちました。

生まれもパリ郊外の南西と、俗に言う「お金持ちのおぼっちゃま」です!

 

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そんな彼は、幼い頃から親の関係で映画やテレビドラマに脇役として出演しながら、ストラスブール装飾美術大学を卒業。

その後、2010年頃から少しずつ本格的に俳優業に専念するようになり、ついに『ブラッディ・ミルク』でセザール賞の最優秀主演男優を掴む事になります。

ピエールという彼自身とは全く異なる人物を演じるために、もともと細身だった身体でした。

5ヶ月に渡って専門トレーナーを付けて筋トレをして、体重を10キロも増やして酪農家の身体を作ったそうです。

その後、シャルエル監督の従兄弟の家に2週間のホームステイをしながら農業家としての仕事と生活を学びました。

撮影が始まるとすぐに動物たちとも仲良くなり、牛の出産も本当にスワン自身が行い撮影期間中は常に牛たちと一緒に行動していたそうです。

農家の人々と生活を共にし、仕事をこなしていったスワンの姿にいたく感動したシャルエル監督の従兄弟たちは、撮影が終わった後の別れをとても惜しんだということです。

印象に残るフランス語会話を見てみよう!

30を過ぎて女気の無いピエールを心配した母親が、パン屋さんの娘アンジェリック(Angélique)とデートを計画しました。

デート当日、女性と食事をすることに慣れていないピエールとアンジェリックがレストランで食事をしながら会話するシーンです。

Angélique:Je m’en fous du look, hein!
(見かけなんてどうでもいいからね)

Pierre: du look euh…
(見かけって・・・)

Angélique:non mais que tu sois paysan aussi. ça ne me dérange pas.
(だから、ほら、あなた農家だし。そいうの迷惑じゃないから)

Pierre:et pourquoi ça te dérangerait?
(というか、なんで迷惑になるの?)

出典:映画『ブラッディ・ミルク(原題:Petit Paysan)』

Je m’en fous」 とは、フランス人が本当によく言う言葉の一つで「そんなの関係ない!」や「どうでもいい」と言う意味で使われます。

原型の「foutre」とは「faire」と同じく「〜をする」という意味ですが、元々性行為を表す下品な言葉です。

女性はあまり使わない方が良いでしょう(と言っても、フランス人女性は本当によく使っていますが・・・)。

フランス語のタイトルにも使われている「paysan」は農家や地方の人を表した砕けた言い方で、軽視の意味合いが込められています。

アンジェリックのセリフの中の使い方はとても失礼に当たりますので、くれぐれも使い方にはご注意ください。

最後から二番目のフレーズ「ça ne me dérange pas.」も、フランス人がよく言う言葉で、「déranger」には、「邪魔をする」「迷惑をかける」という意味があります。

アンジェリックに「ça ne me dérange pas.」と言われ、「ça te dérangerait?」答えるピエールのセリフは、彼の真面目さとともに、誇りを持って自分の仕事をしている姿勢が見える一言になっています。

そんな上から目線のアンジェリックですが、そんな彼女の話し方を聞いていると彼女自身も「paysan」であることがわかってしまうという、ちょっと皮肉の入ったやりとりです。

まとめ

ブラッディ・ミルク』は、普通の酪農家に起こってしまった悲劇をスリリングに描かれています。

全編で90分という短いながらとても見応えのある作品で、2018年のセザール賞で最優秀作品賞を受賞したのにも納得です。

80年代から90年代に問題となった「狂牛病」の中、不安とともに過ごした酪農家の両親や親戚の中で育ったシャルエル監督

監督は映画の勉強を始めた時から、当時の「paysan」と言われる人たちが「どのような思いでいたか」を作品として残したかったそうです。

システム化された大規模な酪農家とは異なり、昔ながらの方法で丁寧に牛一頭一頭に名前をつけて育てていたピエールに起こり得たことが、当時、全国規模で起こっていたかと思うと胸が締め付けられる思いがします。

牛の事しか知らないピエールを演じたスワン・アルローは、酪農家になりきるために、身体作りからはじめ、農業を営んでいるシャルエル監督の従兄弟の家に2週間のホームステイをしながら実際に農家仕事をして撮影に挑んだそうで、その静かは迫真の演技で2018年のセザール賞で主演男優賞を受賞しました。

映画の中で使われるフランス語は日常的に本当によく使われるフレーズばかりなので、フランス語の学習者にはオススメの映画です。

余談ですが、映画の中で女気の無い30代の主人公ピエール。

実際に農家の人々は仕事が大変な上に出会いもないということで、ピエールのように独身者が多いそうです。

そんな彼らとの出会いを描いた『L’Amour est dans le pré(愛は草原にある)』は、2021年現在シーズン16を迎えるフランスで人気のテレビ・リアリティー番組です。

恋愛の話を置いておいても、彼らの仕事の様子や生活リズムや仕事に対する思いを知ることができ、まさに「農業大国フランス」を垣間見ることができますので、興味のある方は是非ご覧ください。

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