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俳優としても活躍するマチュー・アマルリック(Mathieu Amalric)の監督作品『バルバラ~セーヌの黒いバラ~(原題:Barbara)』をご紹介します。
2017年に発表されたこの作品で、アマルリックの元奥様でもあるジャンヌ・バリバール(Jeanne Balibar)は、主演のバルバラ(Barbara)にのめり込んでいく女優ブリジット(Brigitte)を演じ、見事に2018年のセザール賞で最優秀女優賞を受賞しました。
映画『バルバラ~セーヌの黒いバラ~』のあらすじ
1997年にこの世を去って以来、今も尚根強い人気を誇る伝説の歌手「バルバラ」の伝記映画の撮影準備が始まりました。
謎の多い人生を歩んだ彼女を演じることになった女優のブリジットは、役作りに集中するために用意されたアパートに住み込み、バルバラのコンサートやインタビューシーンを見ながら、声、表情、話し方、編み物のやり方や指先の動きまでも、つぶさに観察し真似しながら自分の中に取り込んでいきます。
バルバラを演じれば演じるほど、まるで彼女が憑依したようにブリジットの内側も外側も次第に変わって行きます。
この映画の監督のイブ(Yves)は、思春期の時にバルバラの歌に出会い、それ以来彼の心の中で彼女が特別な存在になっていました。
よりリアルな「伝記映画」を作るために、バルバラが実際に歌っていたバーや劇場などに足を運び、色々な人から証言を集めていくうちに、イヴもどんどん彼女の世界に入り込んでいくようになります。
そして撮影が進んでいくうちに、イブとブリジットの中でバルバラの存在が大きくなり、ついに現実とフィクションの世界が分からなくなっていくのでした。
今なお圧倒的な支持を受け続けている伝説の歌手「バルバラ」
ユダヤ人を両親にもつバルバラは、1930年にパリで生まれました。
第二次世界大戰中にはユダヤ人迫害の影響を受け、地方を転々として過ごし、戦後、再び家族とパリに戻ったバルバラは、父親の勧めにより独学でピアノを学びました。
パリの音楽学校に入学するも中退し、1950年頃にはブリュッセルのキャバレーでピアノの弾き語りのミュージシャンとして働くようになります。
結婚や離婚を経験した後、1958年にパリの有名キャバレー「レクリューズ(l'Écluse)」での契約を交わすことができました。
多くのアーティストや政治家などの有名人や学生が集まるこのキャバレーで、次第に名が知られるようになったバルバラは、レコード契約をし、以来亡くなる前年の1996年まで曲を出しつづけたのです。
人々の心に訴えかける歌詞と歌声で数々のヒット曲を生み出したバルバラのコンサートは、宣伝をしなくても発売当日で完売するほどの人気を博しました。
晩年は声が出なくなり、精神を落ち着けるための薬を大量に飲み続け、1997年、67歳の時、パリ郊外のアメリカンホスピタルで息を引き取りました。
世代を超えてフランス人に愛されている曲
フランス人なら誰しもが知っている、バルバラの代表曲を3曲ご紹介します。
語るように歌いつつも単語をしっかり発音しているので、とてもフランス語の勉強になります。
ナントに雨が降る(原題:Nantes)
1964年のこの作品は、十数年ぶりにナントで再会した父親の亡骸の事を歌ったもので、彼女にとって初の大ヒット作となりました。
ゲッティンゲン(原題:Göttingen)
ドイツのグッティンゲンでコンサートを行う際に、主催者側とトラブルがありましたが、地元のバルバラファンの学生達の助けで無事にコンサートを成功することができました。
幼少時代のユダヤ人迫害の経験からドイツに対して憎しみがあったバルバラでしたが、この学生たちの優しさに触れこの曲を書き上げたそうです。2年後にはドイツ語バージョンも発表しています。
1965年に発表しフランスだけでなくドイツでもヒットし、1967年にはバルバラ自身が歌うドイツ語バージョンも発売されました。
黒いワシ(原題:L’Aigle noir)
1970年に発表された「黒いワシ」は、彼女にとっての最大ヒット曲です。そのミステリアスな歌詞が注目され今でも色々な解釈をされていますが、彼女自身は聴く人に任せるとして説明は避けています。
リアルとフィクションの境目が曖昧になる「vous」と「tu」
ここでは、バルバラに支配されていくブリジットとイヴを、「vous」と「tu」を使って感じさせる会話をご覧ください。
コンサートの後、楽屋でブリジッド扮するバルバラが、エキストラのファンにサインをしていますが、そこに監督自身がファンとしてサインをもらいにくるシーンです。
ブリジットが演じるバルバラ:Vous faites un film sur Barbara ou vous faites un film sur vous?
(あなたはバルバラに関する映画を撮っているの?それとも、あなたに関する映画をとっているの?)イヴ:C’est pareil.
(同じ事さ。)ブリジット(バルバラ):C’est pareil?
(同じ事?)イヴ:Oui… Un jour, vous m’avez chouchouté à l'oreille et puis à 16 ans ma vie est modifiée. Fais de ta vie ce que tu veux, me chanter une berceuse.
(そう・・・ある日、あなたが僕の耳元で囁いた、そして16歳の僕の人生は変わったんだ。君は好きなように生きて、子守唄を僕に歌って。)出典:映画『バルバラ~セーヌの黒いバラ~』
ここで注目すべきは、最初と最後のフレーズです。
サインを求めてきたイヴに対して、ブリジットは呆れながらもバルバラを演じながら「vous」で話しかけます。
vousは「あなた」または「あなたたち」として目上の人や尊敬を表す時に使いますが、相手から距離を置く時にも使います。
反対にtuは友達や親しい間柄の相手に使うと同時に、時に友達以上の親密な関係を示す場合にも使います。
このvousとtuの特性を生かして、イヴは「ブリジットが演じるバルバラ」には「vous」を使い、自分のものである「バルバラ自身」には「tu」を使うという、彼の頭の中で映画の中のリアルとフィクションの境目が曖昧なった瞬間を表しています。
そこを理解してから映画を観ると、さらにこの映画の魅力がより理解できます。
ちなみに、vousを使って話す事をvouvoyer、tuを使って話す事をtutoyerと言います。
tutoyerとvouvoyerの違いと使い分け方法を詳しく解説!フランス語の敬語表現も紹介
まとめ
バルバラの死後20年を記念して制作された映画『バルバラ~セーヌの黒いバラ~』。
この映画の監督に決まったアマルリックは、当初、あまりにも有名なバルバラの伝記映画を作るのは不可能だと思ったそうです。
ありとあらゆる伝記映画を観て研究し、「バルバラの伝記映画を撮る」のではなく、「バルバラの伝記映画を撮っている映画を撮る」という考えに辿り着いたそうです。
後にアマルリックは、インタビューでこのように発言しています。
「インターネットがある今では、伝記映画なんて必要はないよ。だって、僕たちはどんな情報にもアクセスできるんだから。ブリュッセルにいた頃のバルバラの動画だって観ることができる。本当にすごいことだよね。それなのに、映画がそれ以上のものを提供することができるのだろうか?僕なりに観客の求めるものを考えてみた。そこで、映画の中で伝記映画を作る事に挑戦することにしたんだ。色々な要素を取り入れてね。」
映画の中で映画が撮影されるという、まるでトリック映画のような『バルバラ~セーヌの黒いバラ~』は、観ている私たちを気持ちよく混乱させてくれる、久しぶりのフランス映画らしいフランス映画な作品と言えるでしょう。
フランス人がどの様にVousとTuを使い分けて相手との距離を測るか、そして、フランス人がバルバラの歌詞のどこに魅了されるのかを知ることができる、フランス語学習者にはとても勉強になる映画です。
フランス・パリ在住の、気分は二十歳の双子座。
趣味はヨーロッパ圏内を愛犬と散歩することと、カフェテラスでのイケメンウォッチング。
パリ市内の美術館ではルーブル美術館、オルセー美術館とポンピドーセンターがお気に入り!
好きな映画は70代80年代のフレンチ・コメディ。
オススメや好きな作品は詳しいプロフィールで紹介しています。